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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)50号 判決

一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二 右当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載に徴すれば、本願発明の蛍光ランプ(低圧水銀蒸気放電ランプ)は、蛍光層を有しかつ水銀及び希ガスを含む封入ガスが充填され真空気密状で放射を透過することのできる細長い管を用いて形成された容器と、右封入ガス中で陽光柱放電を維持するための手段とを有し(以上は構成要件(a)、(b))、その動作中に陽光柱放電により消費される電力が蛍光層の単位表面積(平方メートル)当たり五〇〇ワツト以上で(構成要件(c))かつコンパクトな形状の(構成要件(f))蛍光ランプにおいて、蛍光層に含有される蛍光物質として、波長が主に一八五nmおよび二五四nmからなり、三三〇ワツト/平方メートルの放射密度を有し、かつ二五四nm出力に対する一八五nm出力の比が〇・三〇であるような紫外線を一五分間照射した後に、この照射前に同一環境のもとで測定した二五四nm励起における初めの光束よりも最大で五パーセント小さい光束を二五四nmの励起において有し(構成要件(d))、かつ、その陽イオンの結合が最大で一・四の電気陰性度を有する(構成要件(e))蛍光物質を用いるというものであることが明らかである。そして、成立に争いのない甲第二、第三号証(以下、これらを総称して「本願明細書」ともいう。)をも参酌すれば、蛍光ランプのコンパクト化のために、その管径を細くするなどして管壁負荷(構成要件(c)にいう陽光柱放電による蛍光層の単位面積当たりの消費電力、ワツト/平方メートル)を高くすると、蛍光層から放出される光束(ランプに供給される単位電力当たりの有効放射の出力、ルーメン/ワツト)が減少しランプの寿命も短くなるため、従来、コンパクトな蛍光ランプが実用化されるに至つていなかつたところ、本願発明は、かかる問題を解決し、管径(内径、以下同じ。)三六ミリメートル、管壁負荷三〇〇ワツト/平方メートル程度の普通の蛍光ランプとほぼ同様の発光効率と寿命を有するコンパクトな蛍光ランプを提供することを目的とするものであること、右目的達成のための構成上の要点は、右問題の原因が従来考えられてきたような放電効率の低さではなく、蛍光物質にあるとの認識に基づき、その使用する蛍光物質を、紫外線の放射に対する抵抗性(構成要件(d))と水銀に対する抵抗性(構成要件(e))の観点から限定した点に存することが認められる。

三 取消事由に対する判断

1 構成要件(d)について

(一) 構成要件(d)は、前記のとおり、本願発明で用いられる蛍光物質を紫外線の放射に対する抵抗性の観点から限定するものであるが、これを更に具体的にみると、前掲甲第二、第三号証に成立に争いのない甲第五号証の記載をも参酌すれば、同構成要件は、本願発明の蛍光ランプに用いられる蛍光物質の許容し得る抵抗性の限度を、いわゆる短期間減少(蛍光ランプにおいて、点灯から最初の数分間に蛍光物質が紫外線で損傷されることによりその放出する光束が著しく減少すること)における光束の減少率(五パーセント以下)により規定し、かつ、右減少率の測定条件を、波長が主に一八五nm及び二五四nmからなり(これは陽光柱放電によつて発生する紫外線の有する波長である。)、三三〇ワツト/平方メートルの放射密度を有し、二五四nm出力に対する一八五nm出力の比が〇・三〇である紫外線の放射を測定対象たる蛍光物質に一五分間当てた後に二五四nmの放射による励起において測定するものと定めたものであることが認められ、また、右各証拠によれば、その測定に用いる具体的な測定装置等についても、本願明細書中に当業者が容易に実施し得る程度に詳細に記載されていることが認められる。

(二) 右によれば、構成要件(d)は、本願発明に適合する蛍光物質の物性値(短期間減少における減少率)を規定するものであつて、これが、構成要件(e)(この構成要件の内容については後記2(一)参照。)と相俟つて、本願発明の包含する蛍光物質を特定しているものであることは明らかである(構成要件(d)により本願発明の蛍光物質を選択し得ることは被告もこれを認めるところである。)。

(三) この点に関し、被告は、構成要件(d)のように特定の測定方法を用いて物質(本願発明においては蛍光物質)を特定する方法は、同一物質についても複数の測定方法があり得る以上、特許請求の範囲に規定された特定の測定方法から物質を知ることはできても、逆に物質から右測定方法を知ることができず、その意味で両者の間に相互に一対一の対応関係が成立しないから、特定方法として不明瞭である旨主張しているが、特許請求の範囲における構成の特定は、その記載から構成を一義的に知ることができれば特定の問題としては必要にして十分というべきであり、例えば、物質の特定が被告の主張するように必ず成分の関係でなされなければ、発明の構成の特定方法として不明瞭であるということはできないから、この点に関する被告の主張は採用しがたい。

また、被告は、もし物質を特定するのに特定の測定方法を用いることが許されるなら、同一の物質につき、測定方法ごとに複数の重複した権利が存在することになつて混乱を来すとも主張するが、仮に、同一の物質について複数の測定方法を用いて特定した発明が別々に出願されたとしても、各特定方法による物質の特定が十分である限り、所期の目的を達成するために必須の構成はそれぞれにおいて明瞭であつて、これを不明瞭とすることはできない。そして、被告の主張する重複特許の問題は、審決が拒絶理由とする特許法三六条四項所定の要件を充足性の問題とは直接関わりのない問題というほかないから、この点に関する被告の主張も採用の限りでない。

(四) そうであれば、構成要件(d)が所定の条件を満たす蛍光物質を見つけ出す方法を示すだけで蛍光物質を特定していないとの前記審決の指摘は誤りというほかない。

2 実施例等との関係について

(一) 前掲甲第二、第三号証によれば、本願明細書には、本願発明の蛍光ランプに用いられる蛍光物質や構成要件(d)及び(e)について、「本発明は、高い管壁負荷を有する従来技術によるランプの失敗は、これまで一般に考えられてきたように、紫外線への変換の低効率によるのではなく、用いられるけい光物質によるものであるという認識に基づいたものである。」(一〇頁一五行ないし一九行)、「本願発明によるランプでは、一方では一八五nmの放射に対してかなり抵抗性がある、すなわち(二五四nmの放射による励起において)一八五nmの放射により照射に基づく光束の減少が非常にわずかであり、他方では高い耐水銀性を有するけい光物質を用いる。」(一一頁八行ないし一三行)、「本願発明のランプにおいては、高密度の一八五nm放射のために、けい光物質の短期間減少に対する高い要件が課される。この短期間減少は五%より大きくてはならない。これより大きな値に対しては、ランプは、安定に点灯するランプに必要な数分点灯後許容以下の低い光束となることがわかつた。」(一二頁一一行ないし一七行)「本発明によるランプでは、用いられるけい光物質は、短期間減少に関する必要条件のみならず、高程度の水銀抵抗に対する必要条件をも満足しなければならない。すなわち、高負荷ランプにおけるけい光層が、普通のランプにおける場合よりも、励起された水銀原子及び水銀イオンによる非常に多数の衝突にさらされることがわかつた。エネルギー水銀原子およびイオンは、けい光層の表面で吸収およびまたはけい光物質と反応し得る…これはランプの光束をかなり減少させる。けい光物質の水銀抵抗に対する尺度は、けい光物質の陽イオンの電気陰性度(electro-negativity以下e.n.という。)に見出される。」(一二頁一九行ないし一三頁一二行)、「本発明ランプに適するけい光物質の陽イオンは比較的小さい、すなわち一・四以下のe.n.値で有さなければならないことを見い出した。」(一四頁九行ないし一二行)との記載のあることが認められ、更に、本願発明の蛍光物質の実施例として多数の蛍光物質が例示されており(その中には各蛍光物質を混合調整したものも含まれる。)、表Ⅰには、本願明細書に詳述されている方法(二二頁二行ないし二四頁一〇行)によつて短期間減少の減少率を測定した結果(S.T.D、パーセント)が、物質の化学式、電気陰性度(e.n.)及びLO零時間(ランプが安定化した後)での陽光柱効率(陽光柱放電の電力入力の有効放射への変換効率の測定値(ルーメン/ワツト)を管径一〇・三ミリメートル、長さ三〇センチメートルの本願発明に係る放電管(管壁負荷七五〇ワツト/平方メートル)と、比較のための管径三六ミリメートルの普通のランプ(管壁負荷三〇〇ワツト/平方メートル)との間で比較したもの)とともに示されていること、同表中、例a、bは本願発明の範囲外の短期間減少の値を有するものであり、例cは本願発明の範囲外の電気陰性度を有するものであつて、これらの陽光柱効率は、管径三六ミリメートルの通常のランプに比し管径を一〇・三ミリメートルとした場合において低下していることが明らかであり、これに対し、本願発明の範囲内である例1ないし10については、本願発明に従つて管径を減少させ高負荷ランプとしても、陽光柱効率の損失を示していないこと、表ⅡないしⅤ(例11ないし28及び比較例e、f、g)によれば、本願発明の範囲内のものは、長時間にわたつて、陽光柱効率が低下していないこと、以上の事実が認められる。

(二) 右によれば、特段の反証のない本件においては、本願明細書の発明の詳細な説明の項が開示するところは、構成要件(d)及び(e)の条件を満足するものであれば、これを本願発明のその余の構成要件((a)、(b)、(c)、(f))を充足する蛍光ランプに使用することによつて高効率でかつ長寿命のコンパクトな蛍光ランプが得られ、右構成要件(d)及び(e)の条件を充足しない場合にはこれが得られないことを示しているものと解さざるを得ず、かつ、前記認定に係る表ⅠないしⅤの記載によればその点が一応裏付けられているものということができるし、少なくとも、本願発明が所期の作用効果を期待し得る蛍光物質を実施例として記載したもののみに限定する趣旨ではないことは明らかというべきである。

(三) 被告は、本願明細書の実施例に記載された蛍光物質を用いれば所期の作用効果が得られることを認めながら、本願発明の構成要件(d)及び(e)によつて示される蛍光物質の範囲は、いくつかの蛍光物質についてのみその効果が具体的に確認されているにすぎず、これらの構成要件を満たす蛍光物質がすべて所期の作用効果を奏するものであるか否か疑問であつて、構成要件(d)及び(e)の条件を満たしても所期の効果を奏しないものもあるかも知れず、そのようなものまで含むような構成要件の記載は発明の構成を明示したものとはいえない旨主張するが、本願明細書の発明の詳細な説明の項において開示されているところが前記認定のようなものと認められ、他に何らの反証もない以上、この点に関する被告の主張も採用しがたいところである。また、被告は、本願発明の構成要件は蛍光物質を一側面から規定するものにすぎないから、右構成要件とは無関係に選択された蛍光物質や、将来開発されるかも知れない新規な蛍光物質が右構成要件を満たす場合も当然考えられるところであり、このようなものにまで本願発明の権利が及ぶことになるのは不当である旨主張するが、本願発明においては、前記のように構成要件(d)が定める測定方法から蛍光物質を特定するものであるから、右構成要件を離れて蛍光物質の選択を論ずることは本願発明に関する限り意味のないことであるし、また、将来開発が予想される蛍光物質であつたとしても、それが本願明細書に記載された現存の蛍光物質と同等のものと認め得る限り、本願発明の権利が及んだとしても不当とはいえず、その範囲を超えるものについては、本願発明の特許請求の範囲の記載にかかわらず本願発明の権利は及ばないと解すべきであると考えられるが、いずれにせよ、かかる問題は具体的事例ごとに別途検討されるべきであつて(程度の差はあるとしても、このような問題は多くの特許請求の範囲の記載との関係で惹起し得る問題である。)、そのこと故に、審決のいうように特許請求の範囲の記載を実施例等に限定しない限り、その記載が不備になるとすることはできない。

(四) そうであれば、この点に関する審決の認定判断も誤りといわざるを得ない。

3 以上によれば、審決が、本願発明の特許請求の範囲の記載を不備とすべき理由として指摘するところはいずれも誤りというべきであるから、原告主張の取消事由は理由がある。

四 よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。

〔編注〕本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。

(a)けい光層を有しかつ水銀および希ガスを含む封入ガスが充てんされた真空気密状の、放射を透過することのできる細長い管を用いて形成された容器と、(b)該封入ガス中で陽光柱放電を維持するための手段とを有し、(c)動作中に陽光性放電により消費される電力が該けい光層の単位表面積m2あたり少なくとも五〇〇Wである低圧水銀蒸気放電ランプにおいて、(d)前記けい光層は、けい光物質を含有し、このけい光物質は、波長が主に一八五nmおよび二五四nmから成り、三三〇W/m2の放射密度を有し、さらに二五四nm出力に対する一八五nm出力の比〇・三〇を有する紫外放射を前記けい光物質に一五分間当てた後に、この照射前に同一環境のもとで測定した二五四nm励起における前記けい光物質の初めの光束よりも最大で五%小さい光束を二五四nmの励起において有する特性を有し(e)かつ前記けい光物質における陽イオンの結合が最大で一・四の電気陰性度を有して(f)コンパクトな形状であることを特徴とする(g)低圧水銀蒸気放電ランプ。(別紙図面参照)(なお、(a)、(b)、(c)…は説明の便宜上当裁判所において付記したもので、以下、各構成要件を「構成要件(a)」「構成要件(b)」「構成要件(c)」…ともいう。)

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